映画「図書館戦争 革命のつばさ」感想レビュー - ヒーローフィギュアをレビュー!

映画「図書館戦争 革命のつばさ」感想レビュー

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今回は、
映画「図書館戦争 革命のつばさ」の感想レビューです。

※完全なネタばれなので、これからご覧になる方はご注意ください。

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(入場者プレゼント)
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映画「図書館戦争 革命のつばさ」を観て来ました。


本作品は、
テレビドラマ「フリーター、家を買う。」や、
映画「阪急電車」の原作者
「有川浩先生」の著書
「図書館戦争シリーズ」が原作のアニメです。

私は原作小説を読んでいませんが、
深夜の「ノイタミナ」の枠で放送されていた
テレビアニメ版を全話視聴しました。
(テレビ未放映話「恋ノ障害」を除きます。)

今回の映画は、
アニメ化されていなかった
原作シリーズ第4弾
「図書館革命」の内容になります。


以下が、
「あらすじ」と「感想」です。

※完全なネタばれなので、これからご覧になる方はご注意ください。

また、
うろ覚えのため、実際の内容とは異なる記載があるかもしれませんが、
ご容赦願います。


「あたしの街、明日の街」高橋瞳

「changes」Base Ball Bear

「初恋」Base Ball Bear

※動画投稿者の方々へ、ありがたく使わせて頂きます。




(あらすじ)

舞台は、
元号が「昭和」から「正化」に変わった世界。

この世界では、
公序良俗を乱し、
人権を侵害する表現を取り締まる目的で
「メディア良化法」が制定され、
法務省に本拠を置く
「メディア良化委員会」により
検閲が行われていた。

「メディア良化法」に反する
書籍・映像作品・音楽作品は全て
「メディア良化委員会」による検閲の対象とされた。

良化特務機関の取り締まり行為には、
小売店に対する入荷商品の検閲、
販売元に対する流通差し止め命令、
マスコミに対する放送禁止・訂正命令、
インターネットプロバイダに対する削除命令
等があった。

その中の
検閲を行う「良化隊」は、
武力を行使する事も許可されていた。

そんな中
正化11年
現代公共図書館のシンボルであった
「日野図書館」が、
「メディア良化法」に賛同する政治結社により襲撃され、
図書館側に12名もの死者を出す
大惨事が起こる。

後に
「日野の悪夢」
と名付けられた
この悲劇をきっかけとして、
図書館の自衛を目的とする組織
「図書隊」が全国10地区に設立され、
「図書隊制度」が確立される。

こうして、
「図書隊」と「メディア良化委員会」との
抗争が始まった。

本作の主人公
「笠原 郁」は、
高校生の頃、
楽しみにしていた童話の新刊を
「良化隊」の検閲により奪われそうになった所を、
図書隊員の「堂上 篤」に救われる。

「郁」は、
彼を「王子様」と呼び、
その姿に憧れ
自らも「図書隊員」を志す。

「郁」は、
抜群の体力と足の速さで、
女性として初の
「図書特殊部隊」の隊員となる。

「郁」は、
「関東図書隊」所属の
「図書士長/図書特殊部隊・堂上班班員」として、
「二等図書正/図書特殊部隊・堂上班班長」の
「堂上 篤」の指導を受けていた。

「鬼教官」と呼ばれる
「堂上」に毎回叱責され、
あれこれ失敗する等
様々な困難に直面しながら、
「郁」は「図書隊員」として
着実に成長していった。

そんな中、
「郁」は、
「堂上」こそが、
かつて自分を救ってくれた
「王子様」である事を知る。

「図書隊員」の任務中、
「堂上」が廃人状態に陥る
重傷を負った際、
「郁」は
彼の事が好きである事に気付く。

そして、
「堂上」の症状も
奇跡的に回復する。



そして正化34年1月、
「郁」は、
「堂上」と共に、
カモミールティー(カミツレのお茶)が評判の
喫茶店で
デート(?)していた。

喫茶店を出た直後、
緊急招集を受け、
2人は図書隊基地へと戻る。

するとそこには、
「堂上」の親友である
「二等図書正/図書特殊部隊・堂上班副班長」
「小牧幹久」達「図書隊」の面々に加え
出版社「世相社」の記者「折口マキ」と、
小説家「当麻蔵人」の姿があった。

ついせんニュースで報道されていた
福井県・敦賀原子力発電所が
武装テロリストの大規模な襲撃を受けたという事件に絡み、
「メディア良化委員会」が、
「当麻」の著書である
小説「原発危機」が
「テロリストの参考文献にされたのでは」と
嫌疑をかけてきたのであった。

「メディア良化委員会」が、
「当麻」の執筆権を剥奪するのを皮切りに
「作家狩り」を始めようと企んでいるのではと
危惧する「関東図書隊」の面々は、
「当麻」の身辺警護を行う事を決める。

「関東図書隊」は、
「表現の自由」の侵害として、
「当麻」を原告として、
「メディア良化委員会」を告訴する。

「当麻」を警護するにあたり、
変装用の「眼鏡」を調達するため、
「郁」と「堂上」は、
街に出掛ける。

伊達眼鏡を買った「郁」に、
「堂上」は眼鏡ケースをプレゼントする。

その「眼鏡ケース」には、
「カモミールティー」の喫茶店で、
「郁」が興味深く見ていた
ティーカップの絵柄に似た
青い鳥がデザインされていた。

思いもかけない「堂上」からのプレゼントに
喜ぶ「郁」であったが、
1人の女性が「堂上」に声を掛けて来る。

彼女は以前、
「良化隊」の検閲に遭った際
「堂上」に救われた
「紀伊国屋書店 新宿本店/第一課係長」の
「児島 清花」であった。

親しげに話す2人を見ていて、
「郁」は複雑な気持ちになる。

後日「郁」は、
「武蔵野第一図書館」内で、
「堂上」を尋ねて来た
「児島」の姿を見かける。

その様子を見ていた
「郁」のルームメイトであり親友の
「図書士長/武蔵野第一図書館 図書館業務部・図書館員」
「柴崎 麻子」は、
「郁」に「堂上」の気持ちを確かめるようすすめる。

それに対し「郁」は、
「堂上」が自分の図書隊員としての頑張りを認めてくれれば
それで十分だと答える。

そんな中、
基地内で、
「当麻」の誘拐未遂が発生する。

事前に警戒していた
「小牧」や、
「図書士長/図書特殊部隊・堂上班班員」
「手塚 光」の活躍で、
犯人はその場で捕獲される。

犯人は、
「図書隊」のあり方に異を唱える
「図書館未来企画」のメンバーであった。

「図書館未来企画」の主宰は、
「手塚 光」の兄である
「一等図書正/図書館員」
「手塚 慧」であった。

兄に対し
反感を抱いている「手塚 光」は
動揺を隠せなかった。

そんな「手塚 光」と
「柴崎」は携帯を交換し、
「手塚 慧」と接触を図る。

「柴崎」は「手塚 慧」に対し、
今回の誘拐未遂事件を不問に付す代わりに、
政府内に「反メディア良化法」の
一大派閥を作る事を提案する。

「手塚 慧」は「柴崎」の提案を受け入れる。


「当麻」は、
「元・特等図書監」であり
現在「関東図書基地特別顧問」である
「稲嶺和市」の自宅に匿われる事になる。

必死に警護する
「郁」達「図書隊員」をよそに、
「当麻」は、
状況に振り回され、
執筆活動ができない苛立ちを吐露する。


そんな中「小牧」は、
「当麻」のファンクラブの集いが開かれる公会堂で、
「当麻」関連の商品を買い漁る
「良化隊員」の「榎木」と再会する。

「当麻」のファンである知人の代わりで
買い物に来たとぎこちなく答える「榎木」に、
「小牧」は、
「表現の自由を奪っていいといのは正論じゃない」
と語る。


「当麻」は、
自分の作品のファンである「堂上」の熱意や、
「堂上」に救われて「図書隊」を志したという
「郁」の過去を知り、
「検閲」の問題について
正面から向き合おうとし始める。

「当麻」は「日の悪夢」を知り、
「検閲をうまくすり抜けて書くのがプロだろうって思っていました。」
と語り、
自分達作家がずっと「図書隊」を含む
大勢の人々によって守られていた事を実感する。

そんな「当麻」に対し、
「稲嶺」は、
今回の一件は最早
「当麻」1人の問題ではないと語り、
共に戦おうとすすめる。

裁判の方は、
一審が原告側の勝訴となったものの、
「図書館未来企画」の協力も虚しく
控訴審は「メディア良化委員会」の勝ちとなってしまう。

裁判が続く中、
「手塚 慧」は暴漢の襲撃に遭うが、
「図書隊員」によって
事なきを得る。

襲撃の直後
「手塚 光」は兄に電話をかけ、
「死ねまでとは思ってないから無事でいろ!」
と伝える。


「稲嶺」の自宅では、
「稲嶺」・「堂上」・「郁」・「当麻」で
食卓を囲む光景がすっかり
自然となっていた。

ある晩、
「郁」は「稲嶺」宅の台所で、
「良化隊」に脅され、
「当麻」の所在を話してしまったという
家政婦の書き置きを発見する。

「堂上」と「郁」は
直ちに「当麻」を連れて、
「稲嶺」宅を後にする。

「稲嶺」は、
自宅に踏み込んで来た
「良化隊」を足止めする。

「堂上」達3人が乗る車は、
怪我から急遽復帰していた
「一等図書監/図書特殊部隊隊長」
「玄田竜助」の作戦により、
コンテナに積まれた上で、
ヘリで基地へと輸送される。

その途中、
「良化隊」の銃撃に遭うも、
「堂上」達は辛うじて
「関東図書隊」の基地に辿り着く。


「玄田」の友人である
「折口」の尽力により、
ヘリ銃撃の映像が
テレビのニュースで
大きく報道される。

また、
「図書館未来企画」の活躍もあり、
世間では
「良化法」に対する疑問の声が上がるようになる。


「関東図書隊」内では、
最高裁で敗訴になった場合の
対処方法について
議論が交わされていた。

そんな中、
「郁」が無意識に口にした
「亡命しちゃえばいいのに」
という発言により、
「当麻」を亡命させる方向で
作戦が立案される事となる。


そして運命の
最高裁判決の日、
「当麻」に対し、
「執筆制限期間5年間」
の判決が下される。

「関東図書隊」は直ちに、
「当麻」を連れて裁判所を後にし、
各国の大使館を目指す。

だが「良化隊」により、
道路は閉鎖されており、
やむなく「堂上」・「郁」・「当麻」は、
地下鉄を使い英国大使館へ向かう事となる。

しかし
英国大使館にも
「良化隊」が先回りしており、
「堂上」は片足を撃たれてしまう。

地下鉄に乗り込み、
「良化隊」を振り切った
「郁」達ではあったが、
「堂上」の片足の出血が止まらない。

「堂上」の発案で、
「郁」達は
「児島」の働く書店に向かい、
彼女に匿われる。

これ以上迷惑を掛けられないと
「当麻」は執筆制限を受けると言い出すが、
「堂上」は、
一旦制限を受ければ、
理由をつけて制限を延長されると語り、
断固拒否する。

「堂上」は「郁」に、
「当麻」を連れて
大阪の総領事館に向かうよう指示する。

「堂上」は
自分の身を案じる「郁」に、
「大丈夫、お前ならやれる」
と語り、
カミツレの描かれた
自分の階級章を託す。

そんな「堂上」に、
「郁」は、
「帰ってきたらカミツレ返して、
教官に好きって言いますから!」
と話して、
キスをする。

「児島」から、
食料と大阪の地図の差し入れを受け取り、
「郁」と「当麻」は、
レンタカーで大阪に向けて出発する。

大阪に向かう途中の車内で、
「当麻」は、
今回の一件をモチーフとした
童話の構想を「郁」に語り出す。

物語は、
大勢の吟遊詩人達が
活躍する国が舞台である。

ある日国王により、
自由に歌う事を禁じられ、
逆らった詩人達が、
次々に捕えられていく。

ある老いた詩人は、
御触れに逆らった
他の詩人が悪いのだと
居直っていた。

ところがある日、
老いた詩人の歌の内容を真似て、
罪を犯す者が現れたという理由で、
兵隊が彼を捕えにやってくる。

老いた詩人は、
それまでの自分の姿勢が
間違っていた事を思い知らされる。

そこへ、
国王の御触れに立ち向かうべく
立ちあがった騎士隊が、
老いた詩人を救いに現れる。


電話は盗聴されるため、
「郁」は電報を利用し、
「関東図書隊」に、
現状と今後の段取りを
知らせる。


大阪に到着した「郁」は、
服飾店の店員のすすめで、
「当麻」に
「大阪のおばちゃん」の
変装を施す。

「良化隊」に気付かれる事なく、
「当麻」は
「英国総領事館」に
正面から入館しようとする。

しかし、
あと少しと言う所で、
ひったくりに遭い、
「当麻」の変装が
解けてしまう。

必死に大阪の街を逃げ回る「当麻」と、
彼に迫る「良化隊」を蹴散らす「郁」であったが、
ついに取り囲まれてしまう。

するとそこへ、
「玄田」・「小牧」・「手塚 光」達が、
関西の「図書隊」と共に駆けつける。

「郁」から送られた電報に記された
暗号を「柴崎」が解読し、
「図書隊」が出動していたのであった。

「玄田」達は、
「良化隊」と交戦状態となり、
「郁」と「当麻」を
アメリカ総領事館に向かわせる。

だが、
アメリカ総領事館の前にも
「良化隊」が既に待ち構えていた。

「郁」と「当麻」は覚悟を決め、
「良化隊」の銃撃を受けながら、
車で強行突破を図る。

結局車は大破し、
車外へ放り出された「郁」は
取り押さえられ、
「当麻」にも「良化隊」が迫る。

最早これまでかと思われたその時、
一台の外車が「良化隊」の進路を塞ぎ、
乗っていた「イギリス外交官」
「六道・マーク・イングラム」が、
「当麻」を車内へ引き込む。

なおも迫る「良化隊」に対し、
「イングラム」は、
外車の車内はイギリス領である事を宣言し、
圧倒する。

事前に、
「関東図書隊」から
「当麻」の受け入れを
依頼されていたため、
イギリス政府が
動いてくれたのであった。

「当麻」は「イングラム」に、
イギリスへの亡命を希望し、
その場で受諾される。

間もなく「玄田」達も駆け付け、
その様子を見ていた「郁」は、
安堵する。



「当麻」の亡命後、
海外では、
日本の「良化法」に対し、
反対運動が巻き起こる。

その影響により、
日本国内でも、
「良化法」に対する見直しが
検討される事態となった。

事態が大きく動き出した現状を、
「柴崎」は「図書館革命」と評する。

その「柴崎」に言われて、
「郁」は、
入院中の「堂上」の面会に訪れる。

そこで再会した「児島」から、
「郁」は
彼女と「堂上」の出会いの経緯を聞かされる。

「児島」は、
「良化隊」から救ってくれた「堂上」に好意を抱き、
交際を求めたが断られた事も話す。

「児島」は、
「堂上」が「郁」に、
「眼鏡ケース」をプレゼントしたのは、
「図書隊員」としての頑張りを認めたからではなく、
「堂上」の「郁」に対する気持ちの現れであると語り、
2人を応援する事に決めたと話す。


同じ頃、
「武蔵野第一図書館」では、
「手塚 慧」が、
「柴崎」に言い寄っていた。

そこへ「手塚 光」が割って入り、
「こいつは俺のだ!」
と言い放つ。

「手塚 慧」は弟に、
経過報告するよう伝え
帰って行く。

「柴崎」から、
先程の発言について問い詰められた
「手塚 光」は、
「俺の…仲間だ!」
と答え、
「意気地なし!」
と言われる。



病院屋上で「郁」は、
面会が遅くなった事を
「堂上」に叱責される。

書店での約束を守るよう
「堂上」から言われ、
「郁」は動揺する。

「郁」は預かっていた階級章を差し出しながら、
「王子様としてじゃなく、今の堂上教官が好きです。」
という自分の気持ちを「堂上」に伝える。

そんな「郁」に、
「堂上」はキスをする。



数年後、
「当麻」が「郁」に語っていた童話が、
出版されベストセラーとなる。


「良化法」も改正され、
「良化隊」の武装は禁止となり、
それに伴い、
「図書隊」の武装も解除される。


「関東図書隊」の基地では、
武装解除を残念がる
新人「図書隊員」達に檄を飛ばす
「堂上教官」と呼ばれる
かつての「笠原 郁」と、
その姿を見つめる
「堂上 篤」の姿があった。




(感想)

まず、
良かった点については、
以下の内容になります。


「表現の自由」・「検閲」等の
難しいテーマを扱いながら、
湿っぽくなりすぎず、
エンタテインメントとして、
分かりやすく楽しい作品に
仕上がっている点が良かったと思います。

「郁」と「堂上」、
「柴崎」と「手塚 慧」達の
恋愛模様や、
「稲嶺」宅での
ほのぼのとした場面等が、
話が固くなり過ぎないよう、
バランス良く描かれていたと思います。


無論、
本作のテーマである
「表現の自由」と「検閲」についても、
きちんと作り手の主張が
込められていたと思います。

「検閲をうまくすり抜けて書くのがプロだと思っていました。」
という「当麻」の台詞が、
現実の自主規制の問題に対し、
疑問を投げかけているようで、
感慨深かったです。


今回の事件の発端となった
物語冒頭の原発テロについて、
東日本大震災による原発事故発生後の現在では、
他の表現に差し替えられそうな場面を
原作通り映像化した事は
作り手の英断だと感じました。
(ただし、以下に記載しますが、
本「図書館戦争シリーズ」原作
のエピソードには
表現の問題により
テレビアニメ版で
未放送となった回があります。)


主人公が属する「図書隊」の敵である
「良化隊」が
単なる「悪者」や「モンスター」としてではなく、
「血の通った人間」として
描かれていた点も良かったと思います。

敵同士でありながら
「小牧」と言葉を交わす
「榎木」や、
英国大使館前で、
突風で傘が壊れた「郁」に、
代わりの傘を渡しに来た
名もなき「良化隊員」等の
姿が描かれていました。

「当麻」の存在に気付かれ
後者の「良化隊員」をなぎ倒した
「郁」が、
自分の事を気遣ってくれた事を感謝し、
彼等も自分達と同じ人間である事を
実感する場面が印象的でした。


「イッセー尾形さん」が演じる
「当麻」については、
プロの声優さんではないので、
多少ぎこちない所がありました。

しかし、
最初は自分本位で、
事無かれ主義だった「当麻」が、
「郁」達「図書隊員」との交流の中で、
変化していく姿を
きちんと演じ切ったと思いました。

「郁」と「堂上」が
結ばれたという
ハッピーエンドという形で
物語が締め括られた事が、
やはり良かったです。


一方残念だった点は、
以下の通りになります。


本作に限った事ではありませんが、
やはり
テレビアニメ版を見ていないと
内容についていけないと感じました。

これまでの物語の経緯を含め、
キャラクター同士の関係がどうなっているのか
理解しづらいと思います。


主人公である「郁」と、
「堂上」との恋愛については、
決着まで描かれたのに対し、
「手塚 光」と「柴崎」との恋愛(?)については、
曖昧なまま終わってしまった点が
少し残念でした。

「手塚 慧」と接触を図るため、
「柴崎」が「手塚 光」に携帯を借りる場面で、
代価として彼にキスをします。

「あんたは私にとって別にどうでもいい相手じゃない」
と語る「柴崎」に対して、
「手塚 光」は、
「代価が足りない」と言って
逆にキスをします。

上記の場面は、
テレビ版の頃よりも、
「柴崎」と「手塚 光」の関係が
進展した事を明示していたと思います。


ただやはり、
「郁」と「堂上」が、
お互いの気持ちを確認し合っていたのに対し、
「柴崎」と「手塚 光」の方は、
まだ発展途上という形で終わってしまった事が
残念でした。


残念な点があったものの、
最初から最後まで、
飽きる事無く
観る事ができた作品だと思いました。


原作者の「有川先生」が、
「この『図書館戦争』シリーズは
『こうなってほしくない』
という未来への祈りとして書いてきました。」
とコメントされています。

本当に、
今回の作品のような世の中には
絶対になってほしくはないと思いました。


まあ、
十分リラックスした気持ちで
楽しく観れる作品だと思います。





(おまけ)

今回の作品を見て、
「表現の自由」に関して、
私個人の思う事を
お話ししたくなりましたので、
以下に記載致します。



※映画のレビュ―とは無関係なので、
興味のない方はどうぞ無視してください。


以下は、
浅い知識と、
拙い見解に基づいて記載した内容になりますが、
ご容赦願います。


過激な内容の記載がありますが、
誰かに対する
差別や偏見を
助長したり、
不道徳や犯罪を
正当化する意図は
一切ありませんので、
ご理解願います


また、
うろ覚えのため、
具体例として挙げた
作品の台詞等が、
実際とは異なるかもしれませんが、
ご容赦願います。




今回観た作品に登場した
「メディア良化法」という
架空の法律の内容は、
2010年12月に、
東京都で可決・成立した
漫画やアニメに対する
規制を目的とした条例を
彷彿させるものでした。

2011年3月11日に発生した
東日本大震災の影響により、
上記条例については、
ほとんどニュース等で
取り上げられる事はなくなりました。

しかしその裏で、
既に槍玉に挙げられ、
出版停止になった作品も
あるようです。

本条例については、
まだその動きに
注意しないといけないと思います。

本条例の成立に反対していた
「あしたのジョー」の作者
「ちばてつや先生」は、
「かつての検閲の社会が復活するのでは?」
と危惧していました。

さすがに本条例では、
「図書館戦争」のように
「良化隊」による、
「検閲」が強行される訳ではありません。


ただ、
知らず知らずの内に、
締め付けが強化され、
「自由に作品を公開できない規制された社会」
になってしまったりしないか
心配です。




今回の
「図書館戦争」を観ていて、
「規制された世界」が
舞台の作品を
色々と思い出しました。


映画では、
「華氏451」
「リベリオン」
「デモリションマン」
等があります。

「華氏451」では、
全ての「本」が禁止された世界が舞台で、
人々はテレビで、
政府が放送する番組だけを視聴して、
無感動な生活を送っていました。

主人公は、
「本」を持つ者を摘発し、
「本」を焼却する
「消防士(?)」として働いていました。

そんなある日、
主人公はふとしたきっかけで、
「本」の魅力に取り込まれ、
次第に今の生活に
疑問を抱くようになります。

結局、
法に違反した事がばれた
主人公は逃亡し、
「本」の内容を暗記し
後世に残そうとする集団と
行動を共にする事となります。


次に
「リベリオン」は、
上記の「華氏451」と同じく
「焚書」をテーマとした
作品です。

本作の舞台は、
社会の秩序を保つため、
人々が感情を持つ事を禁じられ、
感情抑制薬の服用を義務付けられた社会です。

その社会で人々は、
唯一の指導者の導きに
ただただ従うだけです。

主人公は、
感情抑制薬の服用を拒む等した
違反者を取り締まる
特殊捜査官の1人でした。

ある日主人公は、
感情抑制薬のアンプルを
割ってしまいます。

それをきっかけに、
抑制薬の服用をやめた主人公は、
次第に感情を取り戻し、
今の社会に対し疑問を抱くようになります。

ある女性違反者の死をきっかけに、
主人公は彼女の背後に存在する
抵抗組織に協力する事になります。

そして、
唯一の指導者が既に死亡していて、
彼の幻影を利用した
独裁者によって、
社会は牛耳られていたという真実を
主人公は知ります。

特殊捜査官の中でも、
特に優秀であった主人公は、
戦闘術「ガン=カタ」で
次々に襲い来る敵を撃破し、
ついに独裁者を倒します。

時を同じくして、
抵抗組織も決起し、
社会に革命が勃発します。


本作は、
確かに「華氏451」と
同じような世界観とテーマの作品ですが、
戦闘術「ガン=カタ」が、
あまりにも斬新でかっこ良すぎたため、
そちらばかり注目されていた印象がします。

そして
「デモリションマン」では、
1人の支配者によって、
無菌化され、
コンピューターによって管理された
近未来都市が舞台です。

主人公は、
かつて凶悪犯の逮捕の際、
人質を死亡させた責任を問われ
冷凍睡眠の刑に処せられた
警官です。

主人公と共に
冷凍睡眠されていた
凶悪犯が解凍後、
脱走したため、
彼の逮捕のため
主人公も
36年後振りに解凍されます。


主人公は、
「くそったれ!」等
汚い言葉を使うと、
「言語条例違反」として、
違反切符が発行されたり、
健康に悪いとして
塩や油が抜かれた料理に
戸惑います。

支配者は、
自分の意思に従わず、
かつてのように自由に生きようとする
レジスタンス組織を撲滅するため、
凶悪犯を解凍させたのでした。

主人公は
レジスタンス組織のリーダーと友情を築き、
支配者を殺した凶悪犯を
倒します。

導いてくれる支配者を失い
立ち尽くす人々と、
自由を取り戻したレジスタンスの人々に
主人公はそれぞれアドバイスを与えます。

こうして、
新しい社会が始まります。



次に、
漫画で描かれた
「規制された社会」
が舞台の作品として、
「週刊少年ジャンプ」に連載されていた
「アウターゾーン」の一編
「禁書」を思い出しました。


この物語では、
「子供の教育に悪い」という理由で、
「漫画」・「テレビアニメ」・「格闘技番組」・「ゲームセンター」等が
ほとんど根絶やしにされた世界が舞台です。

特に「漫画」は、
「道徳的な漫画」以外は禁止され、
「格闘シーン」・「ラブシーン」・「ギャグ」・「思想」
も入れる事ができません。

そんな世界で、
ある1人のイラストレーターが、
主人公の少年に、
自宅の隠し部屋で、
かつて出版されていた漫画を
読ませます。

主人公はすっかり
かつての漫画の魅力に取りつかれ、
イラストレーターから、
漫画の描き方を学びます。

そんなある日、
主人公はこっそり
隠し部屋から
漫画を一冊
自宅に持ち帰ってしまいます。

後日彼の母親が、
その漫画を発見し、
警察に通報してしまいます。

逮捕されたイラストレーターは、
裁判で、
必死にかつての漫画の価値を主張しますが、
全く聞き入れられる事無く
厳罰に処せられます。

彼が隠し持っていた漫画は、
主人公の眼前で
焼き払われてしまいます。


イラストレーターが獄中で自殺してから数年後、
大人になった主人公は、
こっそり漫画を描いて
近所の子供に読ませているのでした。



アニメで、
「規制された社会」が描かれた作品としては、
全ての芸能活動が禁止された世界が舞台の
「AKB0048」があります。


このように、
「図書館戦争」を観ていて、
様々な「規制された社会」が舞台の物語を
思い出しました。

いずれの作品の舞台も、
息苦しい世界という印象を受けました。



続きまして、
「問題とされる表現」について、
個人的に思いつく物を
以下に記載していきたいと思います。



まず最初は、
「残酷表現」について
以下に記載します。


「ウルトラセブン」の第26話
「超兵器R1号」では、
「ギエロン星獣」の腕を
「セブン」が引きちぎり、
「星獣」に叩きつけて攻撃します。

さらに
止めは「アイスラッガー」で、
「星獣」の喉を切り裂いて倒します。

「昭和のウルトラシリーズ」では、
この他にも、
「ウルトラマン」が新武器で
強敵をバラバラにしたり、
「超獣」が「怪獣」を引き裂いたり
残酷な描写が多数ありました。

1997年に発生した
神戸の事件以降、
このような表現は規制されるようになり、
平成以降の「ウルトラシリーズ」の作品で、
「ウルトラマンA」の本来の売りであった
「切断技」も映像で表現される事は
なくなりました。

特撮番組
「スーパー戦隊シリーズ」でも、
昭和の頃の作品では、
悪の組織の怪人が、
人々を襲撃する場面で、
溶解液をかけられた人々が、
次の瞬間服だけ残して
溶けてしまう場面等がありました。
(「超新星フラッシュマン」等)

平成以降の作品では
人々が怪人に殺害される場面を
直接描写する事はなくなり、
登場人物の台詞のみで、
大勢の犠牲者が出た事が
語られる程度です。
(「海賊戦隊ゴーカイジャー」で、
「ゴーカイジャー」が出会った少年が、
かつての「レジェンド大戦」で
祖父を「ザンギャック帝国」に殺された
と語る場面等)


また、
「ドリフ大爆笑」で、
「高木ブーさん」演じる
武士が切腹するコントがありました。


切腹の仕方が悪いと言われ、
「高木ブーさん」は、
血だらけになりながら、
腹部に刺した刃物を抜いて、
何度もやり直しさせられます。

そしてやっとうまくいって、
首を斬られた直後、
人違いだった(?)事が判明し、
抗議する「高木ブーさん」の生首を残して、
みんな帰ってしまうという内容でした。

「高木ブーさん」が主役の
数少ないコントの一本ですが、
残酷な内容な事もあり、
本放送で見てから今日まで、
傑作選等で見た事は
一度もありません。


そして
「戦争」に関する
残酷表現について
思う事があります。


NHK朝の連続テレビ小説
「ゲゲゲの女房」で、
貸し本漫画家時代の「水木しげる先生」が、
暗く、陰湿な内容の
「戦争漫画」ばかり描いていて
人気が出ず極貧生活を余儀なくされている話がありました。

見かねた知人から、
読者受けの良い
「英雄風に兵士がかっこ良く活躍する戦争漫画」を描く事を勧められた際、
「あんな都合良く弾も飛んでこなければ、腹も減らない戦争なんかあるか!」
と「水木先生」は拒否します。


原爆漫画
「はだしのゲン」の作者
「中沢啓治先生」
に関して以下のような
エピソードがあります。


他の漫画家から、
「あなたの漫画は暗すぎる。
漫画は楽しく夢を与えるものでなければいけない」
と批判された際、
中沢先生は
「一度戦争が起これば、
ファンタジーで描かれた世界なんて
あっという間にかき消されてしまう。
それよりも
自分の描いた漫画を読んで、
『二度と見たくない』
『戦争は嫌だ』
と思ってくれる子供が1人でも増えたら、
願ったり叶ったりだ。」
という風な反論をされたそうです。

私も初めて
「はだしのゲン」を読んだ時は、
原爆の惨状はもちろんの事、
排泄物等の汚物が
描かれる場面で、
気分が悪くなりました。

しかし、
強烈に印象に残りました。


「戦争」がテーマである
「ガンダム」等の作品では、
到底描かれる事のない
「戦争の悲惨さ」が
ストレートに
伝わってきた感じがしました。


「中沢先生」が描いた
「原爆」をテーマにした短編で
「戦争がかっこいい」という若者に対し、
原爆で妻子を失った男性が
実際の戦争の悲惨さを語る場面がありました。


そして、
「手塚治虫先生」が
描いた作品でも、
「戦争の悲惨さ」
がストレートに描かれています。


ある作品では、
主人公が戦中、
当時少年だった自分のすぐ傍で、
友人達が戦闘機の機銃掃射を受け、
手足がちぎれ飛び、
悲惨な最期を遂げた事を
思い出す場面がありました。

さらに、
主人公を庇おうと飛び出してきた
女性教師が
機銃掃射を受け、
頭がぐちゃぐちゃに
弾け飛ぶ場面がありました。


本作は、
後年テレビドラマとして
映像化されましたが、
上記の場面は
大幅にショックの少ないものに
改変されていました。


テレビの放送コードの都合もありますが、
「戦争の残酷さ悲惨さ」
をストレートに伝える事ができないのは
果たして良い事か悪い事か
判断が難しいと思います。


「残酷表現」に限りませんが、
作り手が訴えたいメッセージを、
見ている者が正しく受け止められるか
という問題があります。


「戦争」に関しては、
学校の「戦争教育」等で、
正しい知識を身に着け、
上記のメッセージを
正しく受け止められるようになれれば
いいと思います。

ただ、
最近の学校では
「戦争教育」をやっていないそうです。


それに、
戦争体験者の方に、
「あなたの話を聞いて家の子供が具合が悪くなった。
責任を取れ」
と抗議して来る保護者もいるそうで、
余計
「戦争の悲惨さを伝える事」が
難しくなっているようです。


何よりも、
実際に戦争を体験した人達が
いずれはいなくなってしまうため、
「戦争の悲惨さと平和の尊さを、如何にして後世に伝えていくのか?」
という問題があります。


何かちゃんとしたテーマを描くために
演出として残酷な表現を盛り込むなら
仕方ないと思いますが、
ただただ
残酷な場面を見せるだけの作品には
抵抗を感じます。



続いては、
「障害者」の描き方について、
以下に記載します。

※最近では「障がい者」という記載にする傾向があるようですが、
今回は「障害者」と記載します事をご了承願います。




「障害者」の描き方についても
非常にデリケートな問題が
絡んできます。




私は未見ですが、
本「図書館戦争」でも、
聴覚に障害のあるキャラクターが登場するエピソードが、
テレビ放送版ではカットされ、
DVDの特典としてのみ収録されたそうです。

そもそも、
本エピソードはテレビでは放送しない事が
アニメ化の条件だったそうです。

ただ、
上記のキャラクターは、
「小牧」の彼女となるキャラクターだったので、
テレビ版でも、
登場させてほしかったです。


1970年代に放送された
刑事ドラマ「太陽にほえろ」に登場する
「竜雷太さん」演じる「ゴリさん=石塚刑事」は、
殉職前にろう者の女性と婚約していました。

時代の変化により、
慎重な対応が求められるように
なったようですね。


そして「障害者」の描き方についてもう一点
昨今の作品では
「障害者を悪者として描けない」
という特徴があります。


特撮番組「帰ってきたウルトラマン」の31話で、
聾唖の少年に化けた侵略者が、
周囲の同情を買って
「郷秀樹=ウルトラマンジャック」を
心理的に追い詰める物語がありました。


この点について、
「平成ライダーシリーズ」のプロデューサー
「白倉伸一郎さん」が著書の中で
「作品の中で、
障害者を悪者として描けなくなり、
『障害があっても希望を持てる』
と言う内容の話位しか作れなくなった」
という感じのコメントをしていました。

かつての時代劇では
盲目のふりをして、
悪事を繰り返す
卑劣漢等がよく登場しました。


上記のような悪者が登場したのは、
「松方弘樹さん」主演で
1988年から放送されていた
時代劇「名奉行遠山の金さん」が
最後だったように思います。


そんな中、
あえて描く作品もあります。


NHKドラマ「出雲の阿国」では、
主人公の妹に騙された
「琵琶法師」が逆上して、
妹を殺害するというお話がありました。


また、
「仮面ライダーカブト」の
「仮面ライダーサソード」役の「山本裕典さん」と
「仮面ライダーキバ」の
「仮面ライダーキバ」役の「瀬戸康史さん」が兄弟の役で共演した
単発ドラマ「輪廻の雨」では、
「瀬戸さん」演じる知的障害のある弟が、
「山本さん」演じる兄に突き離されたショックで自暴自棄となり、
最後は思い直して戻って来た兄を刺す場面が描かれました。


「障害者」に対する偏見を助長しないために、
大変慎重になっていると考えれば、
仕方ない事かもしれません。

しかし以前、
新聞記事の中で
ある身体障害者の方が、
「健常者の人は、障害者に対して、
みんな聖人君子というイメージを持っているのでは?」
とコメントしていました。

その方がプライベートで、
少しはめを外した行動をとったところ、
「障害者の人はそんな事しないと思ってた」
と女性の方から言われたそうです。


「障害者に悪いイメージを与える表現」が
問題である事は言うまでもありませんが、
「障害者は皆聖人君子である」という
イメージをあまり定着させ過ぎると、
かえって障害者の人達に窮屈な思いを
させるかもしれないので、
本当に難しい問題だと思います。



最後は
放送・出版できない
「封印された作品」について
書きたいと思います。


「封印された作品」として
有名な作品として
特撮番組「ウルトラセブン」の第12話
「遊星より愛をこめて」と
特撮ドラマ「怪奇大作戦」の第24話
「狂鬼人間」があります。


「ウルトラセブン」12話は、
登場する「スペル星人」が、
「被爆者を怪物扱いしている」
との抗議を受け、
それ以降放送される事も
ソフト化される事もなくなりました。

ただ、
本「遊星より愛をこめて」は、
映像をデジタルリマスターして、
DVDをソフト化させ
正に解禁直前まで話が進んでいたそうです。

しかし、
解禁直前になって
流れが変わり、
結局振り出しに戻ってしまったそうです。




上記の
「セブン」の第26話の一件のように、
東日本大震災にともなう
原発事故が発生した今となっては、
作品の中で
「核」や「放射能」
という言葉も描写も
基本NGされていくようです。

このような状況では、
ますます
「セブン」12話の解禁は
難しいと考えられます。

そうなると、
「スーパー戦隊シリーズ第2弾」の
「ジャッカー電撃隊」に登場する
「核エネルギーで稼働するサイボーグ」である
「スペードエース」が、
本領を発揮して、
「核パンチ」
等の本来の得意技を披露する事は
もうないのでしょうか。
(まあ、「海賊戦隊ゴーカイジャー」等で登場する
「ジャッカー電撃隊」は、
完全に日陰者の扱いですが…)



もう一つの、
「狂鬼人間」24話の、
封印の理由については、
製作サイドが
一切コメントを拒否しているため、
真相は未だ闇の中です。


作品自体は、
精神異常者による犯罪で、
家族を殺された科学者が、
法律により犯人が処罰されない事に怒り、
意図的に精神異常者を作り出す機械を使って
社会に復讐しようとする話です。


本作品で取り上げられた法律に対する
疑問符が描かれた
映画やコミック等
があるにも関わらず
何故本作品のみ封印されてしまったのか
本当にわかりません。


上記2作品以外にも、
諸般の事情により、
現在に至るまで
復刻・ソフト化されない
作品は多数あります。


ただいずれの作品にしましても、
「とにかく解禁してしまえ!」
と言い切るのは、
あまりに乱暴で無責任かもしれません。

解禁した結果起こりうる
リスクを
作品に携わる人達にだけ押しつけるのは
確かに筋が通りません。



もちろん、
かつて「封印されていた作品」の中で、
解禁された作品もあります。

漫画「ジャングル黒べえ」
(アニメの方は未だ封印状態)
Vシネマ「ウルトラマンVS仮面ライダー」
等があります。

それ以外にも、
ソフト化は絶対に無理だと
思われていた作品が
最近になって、
再ソフト化されています。

もしかしたら、
いつか
「遊星より愛を込めて」と「狂鬼人間」が
解禁される日が来るかもしれません。

ただその時は、
誰もリスクを負う事がない形で
解禁される事を願います。



さてさて、
「赤塚不二夫先生」の特集で、
「赤塚先生」の作品に登場するキャラクター
「ニャロメ」と劇作家が対談する
短編アニメがありました。

その中で劇作家が
「君の時代には普通に言えた事が今は言えない。
なんて事はざらにあるんだ。(中略)
全く状況は悪くなる一方さ。
僕はよく過激な表現を求められるけど、
でも『なるべく安全な範囲で』
って言われるんだ。
そんなのちっとも過激じゃないよ。」
と昨今の表現規制を批判するような
発言をしています。

それに対して「ニャロメ」が、
「そんなの今に始まった事じゃないよ。
いいかい、『バカボン』にせよ
『レッツラゴン』にせ、
よそのへんの分別があったから
ポップスターになれたんだ。
その分別のさじ加減が時代の気分によって
変わったてだけさ。」
と反論しています。


私は以前まで、
1970年代頃は、
アニメや漫画が、
何の規制もなく
自由に作られていたと
思い込んでいました。


しかし実際は、
上記の「赤塚先生」原作のアニメには、
原作から大きく改変された物が多々ありました。

「天才バカボン」の中で、
「バカボンパパ」が、
遊びに行った友人宅で、
子供のいない友人夫婦が、
子供のように可愛がっているペットの
犬と鳥を不注意により死なせてしまう話がありました。

原作ではこの後、
友人夫婦はショックのあまり
自殺してしまいますが、
アニメ版では、
犬と鳥は一命をとりとめたものの、
飼い主夫婦に子供ができたため
捨てられてしまい、
ウナギ犬がそれに対して
抗議するという内容に
変更されていました。

また、
「自分は魔法使いに九官鳥にされた王子だ」
と語るズル賢い九官鳥に騙されて、
「バカボンパパ」が振り回される話がありました。

原作のラストは、
「バカボンパパ」の枕元に、
「元の姿に戻った」と語る
「王子」が現れますが、
そこに駆け付けた医者によって
病院に連れ戻されてしまうという内容でしたが、
アニメでは、
その場面はカットされました。


要するに昔は昔で、
締め付けはあった訳です。



作品によっては制限等を設け、
対象外の人の目には触れないようにした上で、
「自由な発想に基づいて作品作りができるゆとり」
は残してほしいと思います。





最後に、
「ウルトラセブン」や
「ウルトラマンA」の脚本を書いた
「市川森一さん」が生前遺された言葉を
以下に記載します。

「市川さん」は、
インタビューで
ウルトラシリーズを通して、
子供達に何を伝えたかったのかについて
以下のような事をコメントされていました。

「夢見る力、想像力を持ちなさい。
これが、子供達に僕が与える唯一のメッセージです。
想像力を持って動いたら、
もっと世の中が見えてくる。
既成の物に振り回されてはいけない。
安住してはいけない。
想像力こそが人間が生きる自由の力だし、
それをもし侵害される事があれば戦いなさい。
僕は形を変えて、
それだけを言い続けているような気がします。」


私は最後の言葉が特に印象に残りました。

戦うためには勇気がいりますし、
どう戦えば良いのかも分かりませんが、
大変重い言葉と感じました。


大変長くなりましたが、
今回はこれまで!
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